危機言語「イテリメン語」と 情報工学と。
「イテリメン語」は、ロシアのカムチャツカ半島で話されている消滅の危機に瀕した少数民族の言語。小野先生は現地でフィールドワークを重ね、話者の音声や映像を記録し、分析しています。電子情報工学の研究対象には機械翻訳などを目的とした自然言語処理の分野があり、言語研究にも情報工学の技術は不可欠。言語学と情報工学との協働は、今後さらに期待されます。
言葉ってなんだろう?
ーー先生とイテリメン語の出会いを教えてください。
大学時代の恩師がアイヌ語の専門家だった縁で、その隣に位置する地域の民族であることから興味を持ちました。ただ直接のきっかけになったのは、1人が1言語ずつ調べるという課題が出た授業を私が欠席したため、知らないうちにイテリメン語の担当になっていたから(笑)。まるで知らない言語だったので、調べようとするとロシア語の文献しかなくて、まずはロシア語を勉強するところから始めました。そこからイテリメン語の文法書を読んで授業で発表し、ちょっと面白くなったので卒業論文のテーマに。そこから大学院へ進み、研究を続けています。
ーー話者は今、数人しかいないということですが。
そうなんです。私が初めてカムチャツカにフィールドワークに入った1997年頃は、10~15人ほどいたと思いますが、残念ながら減ってしまいました。今はもう若い人はしゃべらなくなっていますし、言語復興運動みたいなものに関わっている人もたくさんいるんですが、外国語のように習うしかないので、ネイティブレベルに話せるようにはなかなかならない。話者の子ども世代は40~50代で、親がしゃべっている内容は分かるけれど、自分ではしゃべれないと言っていましたね。話者も孫とかがロシア語しか分からないと、コミュニケーションを取るためにどうしてもロシア語になってしまうので、使わなくなっていくんです。
ーー研究には、情報工学の技術が欠かせないとか。
ええ。2021年に研究の成果として、イテリメン語文法の本を出版したほか、編者として10年がかりで携わってきたイテリメン語-ロシア語の辞書を完成させました。こうした言語研究は、現代では電子情報工学の技術が不可欠です。例えば、辞書を作るのには「FLEx」というソフトを使用しました。もう一つよく使う「ELAN」では、私がフィールドでカメラを回してとってきたデータをテキスト化。文章ごとに時間で区切ると、クリックすればすぐその部分の音声が聞けて、文章をロシア語、英語、日本語などで見られます。こうした便利なツールはあるものの、研究するためのこういう形に整えるまでが大変なんです。ですから、こんなプログラムを開発してほしいというニーズはすごく持っているので、工学系の研究者との共同研究も進めています。
ーーそうした研究を通して、言葉とは何かを改めて考えていらっしゃるわけですね。
初めてイテリメン語を知った時に、カルチャーショックを受けたんです。こんな言語があるのかと。そもそもは日本語しか知らなかった私が、英語を勉強するようになり、大学に入ってからはスペイン語、古典ギリシャ語、ドイツ語、ロシア語、韓国語などいろいろやってみました。そうしたら、ヨーロッパの言語は構造が同質だと気づいてびっくりしたんです。でもその後、イテリメン語を勉強したら全然違う。言語ってどういうものなのか、すごく興味を持ちました。しかも大学では周りにいろいろな言語をやっている人がいましたから、なんてバラエティに富んでいるんだろうと。私の知っていた言語というのは、ちっぽけなものだったことも分かりました。世界には6,000〜8,000種類もの言語があるといわれていますが、そのすべてが等しく素晴らしい人類の知恵の結晶だと思うんですね。それを、みすみす無くしてしまうのは本当にもったいない。すべての言語を知り尽くして、記録しなければならない。それが、私たちのような危機言語の研究者の強い思いです。
言語学を基礎知識に。
ーー工学部生向けの「音声学セミナー」はどのような授業ですか?
人間の音声がどのように発音されているのか仕組みを学び、実際に発音練習もします。工学との関係でいうと、例えば電子情報工学科で学べる音響工学の分野に取り組むための基礎知識になると考えています。もし自然言語処理、音声認識、AIなどの分野に興味を持っているなら、言語学の知識は必要になると思いますね。
ーー応用となる授業「一般言語学セミナー」では、イテリメン語に触れられますか?
ええ。フィールド言語学とか記述言語学と呼ばれるものの訓練として、未知の言語の音声としてイテリメン語を聞いて、音声記号(IPA)で書けるようになることを目標にしています。単語を3回ずつ言っている音声を聞いて書き取る訓練を、まずIPAを知らない段階でやってもらいます。その後にIPAを学び、音声学の知識を得た上で知らない言語音を聞いた時に正しく書き取れるか訓練していきます。音声を単語レベルで聞けるようになったら、次は文章の中で単語の品詞を探したり、接尾辞の意味を類推したり。それが、言語データの分析ということ。知らない言語データをどのように分析していくのか、その言語の文法はどんなものなのか、自分でつくり上げていくのが言語学の醍醐味なんですよ。
ーー言語学と電子情報工学は相性が良さそうですね。
私自身、人文系という感じがあまりしないというか。教育関係の言語学の分野よりも、自然科学寄りに近いと感じている部分があるので、相性が良いと思っています。だから、工学部生もこの科目を学んで基礎知識として持っていたら、使える時が来るかもしれない。言葉って日常的に使うものですから、言葉と工学のつながりで卒業研究をやろうとか、何かのきっかけになってくれればと思っています。
関連記事
新着記事
-
<WORLD>日本とカナダ、カナダと日本。 「グローバル」の本当の意味について考える。
トロントメトロポリタン大学職員卒業生 特集 -
<JAPAN>日本の真ん中で、日本中・世界中とつながる
ラグジュアリーブランド卒業生 特集 -
<HOKKAIDO>北海道にしかない魅力を、日本に・世界に発信
中川町町役場卒業生 特集 -
地域研修を通して SDGsが自分事に
経済学部1部地域経済学科2年地域経済学科 -
<勤務先/寒地土木研究所> 道路や港湾を維持管理して 生まれ育った北海道を支える仕事。
経済学部1部 経済学科卒業生 経済学科 -
<勤務先/NTT東日本-北海道>未来の当たり前を創り出す仕事。 それが、私たちのやりがい。
経営学部1部 経営情報学科卒業生 経営情報学科