安全・快適性と意匠性。 無謀な取り組みを解決する それが建築の仕事
芸術家として、国内外で作品を発表している原井先生。教鞭を執りながら、自身の原点である絵画をベースに、オリジナリティーを追求した創作を続けています。「建築は無謀な取り組みを解決する仕事」と、先生は芸術の視点から指導します。建築を志す人にとって芸術の学びには、課題解決の糸口になるかもしれません。
建築は“無謀な取り組み”を解決する仕事。
——芸術家である先生から見た、建築学科の面白さについて教えてください。
教養科目の「芸術論」を担当しているので、建築の専門知識はありません。門外な目線で申し上げるとすれば、建築学科は工学部でありながら文系の科目だけでも受験できますし、理系の観点だけではなく、文系の視点も大切にした“文理横断”が必要な学科だと思います。なぜなら建築は、見た目を格好よくするだけではなく、同時に丈夫さや住みやすさが求められるものだから。建築の素人であり芸術を専門とする私から見れば、それは“無謀”と言わざるを得ません。
デザイン性だけを求めてしまうと構造が脅かされてしまう。芸術は自分の思いのままに創作できますが、建築には施主がいます。建築は、安全性や快適性に意匠性を加える無謀な取り組みを解決するのですから、とても魅力的で夢のある仕事ともいえるでしょう。そこでカギとなるのは、人間の活動が中心となる“文系の学問から得られる発想力”だと考えています。人の感情を動かす意匠やまちづくりは、文系・理系の融合によって成り立つのではないでしょうか。

——先生ご自身が創作活動もされているのですね。
私の研究は実際に作品を作ることですので、ほかの先生とは少し様子が異なります。テーマも『絵画と日常における美の探求』ですから、「そもそも美の探求とは?」といった曖昧な内容でもあります。かつては普通に油絵を描いていましたが、本格的に広く油絵や絵画について学んでいくうちに、描くことだけではないさまざまな作品や表現を知りました。「本来、当たり前とされていることが、自分にとっての当たり前だとは限らない」と気づくうちに、常識にさえも疑問を持ち始めたことが、私の今の表現とテーマに繋がっているのだと思います。
——どんな作品に取り組まれているのでしょうか?
「絵を壁に飾る際に、絵を主役として考えてしまうのはなぜだろう?」と考え始めてから、気がつけば、本来、絵が入る額縁に絵を入れずに後ろの壁を閉じ込め、額縁の外側をペイントしていました。要するに、本来の主役と脇役の反転です。絵を描いて作品にするのではなく、既にそこにある“モノ”に照準をおいた作品ですね。昔は、壁や床に直接手を加えて部屋全体を作品にしていましたが、最近は紙や鉄に穴を開けて、その穴の集合や形状によって画像や模様が浮き出てくる切り絵状の手法を用いて作品制作に取り組んでいます。まるで背景色の絵の具を使って描いたかのように。
——油絵からスタートし、作品そのものも変化しているのですね。
最近の作品は、手で紙にひたすら穴を空けて見せているのですが、残念ながらその工程を知るとそこにしか興味を持ってもらえません。観る側として工程も重要かもしれませんが、もっと自分勝手に想像してほしいですし、「なんでこうするの?」「ああするの?」と疑問を抱きながら観てもらいたいと思っています。そこで、既製品を模した広げることのできないロール紙シリーズを作ったことがあります。これならほかの作品も既製品を切り取って額装していると思ってもらえるかな?と考えたから。ただ、せっかく作った作品を広げて見せないのはもったいない、意味がない、無駄だと解釈されることがほとんど。この感覚がいけないわけではありませんが、私としては、日常における「意味のなさ」や「無駄」にとても価値を感じていますし、今の社会において大きな意義につながると信じています。
“無駄”を味わい、“無駄”を生かした大学生活を!
——「芸術論」の授業で取り組むことを教えてください。
「芸術論」は、西洋美術史の絵画を中心に講義を進めます。「美術はわけがわからない奇抜なもの」というイメージをお持ちの方もいるかもしれません。そこで、きれいな油絵が奇抜な作品へとどのように変化していったかという美術の歴史を知ってほしいと思います。みなさんには、色えんぴつを使って混色する作品制作にも取り組んでもらいます。色鉛筆の粒さえ見えないほど、テカテカに塗りつぶす作品制作を通して、芸術家と同様に頭を悩ませてください。混色し続けるとニュートラルなグレーになってゆくのですが、けっこう時間もかかります。でも、ズルしようとして鉛筆を使うと鉛の成分が加わるので、すぐにわかってしまうんですよ。

——これから大学生活を送るみなさんへ。
美術の世界は運も実力のうち。突き詰めて創作し、自分で良い作品ができたと思っても、世に認めてもらえないことだってあります。運任せは恥ずかしいと思う人もいるかもしれませんが、運ってすごいものなんです。どんなに実力があっても、最後は運でチャンスを勝ち取らなければなりませんから逃すことだって。裏を返せば、理詰めで振るいにかけられがちの世の中で、運は逃げ道にもなるんです「今回は運が悪かったね」って。
もうひとつ、先ほどお話しした一見ネガティブに聞こえる「無駄」についてですが、みなさんは大学生活で無駄なことをたくさんやってみてください。社会に出ると無駄を削ることはあっても、作ることはなくなります。見方を変えればとても贅沢なものでもあります。
一般的に無駄は省いた方がいいわけですが、それには限界もあります。省くだけなら誰でもできますので、ぜひみなさんの価値観で無駄を活用してみてください。そして魅力的なモノ作りを目指したいなら、無駄を削るのではなく、無駄を生かした仕事を心がけてみてください。