02
07 2025

「伝統」と聞いたら 疑う視点を。

人文学部 日本文化学科 鈴木 英之 教授

鈴木先生の研究テーマは日本思想史。特に日本中世の浄土宗の伝統や教理の形成過程について研究しています。明治以前の宗教世界は、神仏や得体の知れない存在が跋扈(ばっこ)していた時代でした。現代日本人とはかけ離れた意識のもとに、伝統や信仰がかたち作られてきた点に面白さを見いだしています。

ルーツに迫る「日本文化概論」。

——先生が担当している講義「日本文化概論」について教えてください。

毎回、日本にまつわるテーマをひとつずつ取り上げて講義を行っていきます。例えば、国土がテーマの回では、様々な時代・立場の人々による「日本の国土」のとらえ方を紹介したり、食文化がテーマの回では、「日本人は肉を食べないと言われていたが、それは本当なのか」について古代から明治まで話したり。

日本文化は、実は中国やインドの文化を取り込んだものが多く、ルーツを遡っていくと、諸外国の話になるという展開がほとんどです。日本において、いわゆる「伝統」とされてきたものは、比較的新しいものだったり、どこかの時代にさしたる根拠もなく作られたものだったりということを紹介しています。例えば、相撲は現代では伝統的に女人禁制とされていますが、ルーツを探ると明治時代の頃に整えられた話であるのに、今では古来より変わることにない伝統とされています。だから「伝統」と聞いたら、とりあえず疑ってみよう、調べてみよう、面白がってみよう、という話をしています。

——伝統的な日本の文化も、必ずルーツがあって誰かが作り出したということなのですね。

伝統というと、長い時間をかけて作られたものと考えがちですが、実は時間の長さはあまり重要ではありません。日本人の多くが伝統であると認識した時点で、それは伝統になるのです。しかも、よくよく調べてみると、あまり根拠がないことも多いのです。

日本人は「おもてなしの心」があるとか、食事の前の「いただきます」に感謝を込めるのが日本人らしさとか言われますが、本当にそうなのでしょうか。伝統や文化だからといって、何でも鵜呑みにするのではなく、なぜ、いつからそのようになったのか、批判的に考えることが必要です。

「日本文化概論」は、主に1年次の学生が多く履修していますが、大学生活の早い段階で日本文化の成り立ちを広く俯瞰し、その後の専門科目を決めるのに役立てることができると思います。

迷ったら「面白い」or「面白くない」で判断。

——先生の研究テーマについて教えてください。

専門は日本思想史です。日本中世を中心に江戸時代までの宗教思想を中心とし、そこに見られる仏教や神道、またいわゆる習合思想について研究しています。明治時代までは仏教と神道はぐちゃぐちゃに混ざりあっていました。明治政府の指示で「神仏分離」が起きて明確に分かれたのですが、それ以前は神道・仏教のどちらか一方に絞るのは難しいため、両方まとめて研究しています。

——神と仏が同じ扱いだったとは驚きです。

びっくりしますよね。日本では6世紀に仏教が伝来してから、急速に神仏の接近・習合が進みました。仏教が日本で主流になるにつれて神が仏教によって位置付けられるようになり、中世において神は日本人が仏教を理解しやすいように姿を変えて顕(あらわ)れた仏の化身と捉えられるようになりました。仏の化身が神なのですから仏と神は本質的に同じ存在になります。

すると面白いことに、日本の中世では神社のしつらえや建物など、すべてを仏教で解釈するようになっていきました。神のお宝が仏教では何にあたるとか、神社が仏の浄土の世界と同じとか。ものすごいこじつけや論理の飛躍に聞こえるのですが、よく読んでみると筋が通っている。現代ならトンデモ説ですが、これを受容していた多くは、当代一流の高僧たちで、中世では最先端の考え方と捉えられていたことがわかります。

また私のもうひとつのテーマが中世の浄土宗における伝統形成の解明です。浄土宗にはさまざまな流派があり、自らが属する流派の権威を高めるために「夢」や後世の人が作った「偽書」を根拠とすることがありました。偽書は、古(いにしえ)の高僧や神官の作とする書物のことで、その名のもとに自流派の権威付けをするのに用いられます。偽書の作者は大体わからず、明らかに捏造なのですが、中世の不思議なところは、さしたる葛藤もなく偽書を本物と位置付け、宗教的な価値を見いだしていたところにあります。それらを活用して、いかに伝統や歴史を創り出していったのか。現代人とはまったく異なる正統への根拠の示し方は面白く、興味は尽きません。

——最後に、未来の大学生にメッセージをお願いします。

大学では「面白い」を大事にすると良いと思います。例えば、履修科目で迷ったら、楽な方、簡単な方を選ぶのではなく、自分が面白いかどうかで選ぶ。ジャンルは何でも構いません。その対象についてこだわればこだわるほど、どんどん面白くなっていきます。

もしつまらなくても、自分で切り口を変えれば、面白い方向に変わることもあります。その経験はきっと将来に役立つはずです。大学の4年間は面白いことにどんどんチャレンジしてもらえたらと思います。

人文学部 日本文化学科 鈴木 英之 教授
【専門分野】日本思想史

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