02
07 2025

細胞分裂や神経回路のように 社会を動的に捉えて解明する。 進化経済学を研究。

経済学部 経済学科 吉井 哲 教授

市場経済とは生物の細胞分裂や神経回路の自己増殖のように、予測不能なパターンで広がっていくもの。吉井先生が研究している進化経済学は、社会を動的なものとして捉え、学際的な視点で制度や技術、そして人を理解し、私たちが住む社会の現象を解明しようと試みる分野です。生き物のように社会を捉える吉井先生に、経済学の魅力を伺いました。

意外と理系!?数字で読み解く経済学

——経済学の面白さとは?

経済学は文系の中で唯一科学的といわれ、景気、貿易、環境問題、発展途上国、貧困、金融、歴史といった、国や社会全体の広い問題を考察する学問です。ニュースで見る経済社会問題は、ほぼ経済学部で扱うといっていいでしょう。企業単体の経営について学ぶ経営学、マーケティングや会計などの経営ツールを学ぶ商学に対し、経済学では社会全体の問題を学びます。数学モデルやコンピュータ・シミュレーションによる解析などを用いることも多く、文系の中では最も理系的要素が強いのが経済学かもしれません。最近流行りのデータサイエンスなども経済学と親和的な領域です。

経済学科では、経済学の3本柱と呼ばれる理論・歴史・政策をバランスよく学びます。目には見えない社会の構造を知り、問題を発見する道具になるのが「理論」。この理論は実際に起こったことを踏まえていますから、過去にどのような対応をしてきたのかを学ぶのが「歴史」です。その上で具体的な対策を考えるのが「政策」です。経済を学ぶ際は、これら3つをうまく組み合わせて学ぶ必要があります。

——完璧な人間から、いい加減な人間へ。経済人の前提も変化しているとか。

これまでの経済学に登場する経済人は、将来を完全に予見し、合理的な選択を完璧に行う人間が想定されていました。そのような人間の行動が需要と供給という形でバランスを保ち、「市場経済の合理性はいかに達成されるか」=「合理的な資源配分が達成されるか」という問題の答えを導いてきたのです。しかし現実の人間は、情報収集・認知能力、最適解の計算能力、最終的な判断に関して完璧な行動をとるわけではありません。

みなさんはコンビニで1,000円以内の買い物をする時に、3,000点もの商品から、自分が最高に満足する完璧な組み合わせを毎回計算して購入しますか? 一般的な人間はこのようなことは行いませんし、行えません。だいたいの情報を得て、だいたいの満足感が得られるような行動をします。経済学が想定するより「いい加減」なのです。また、人々は基本的に自分の欲望を満たすためにお金を使っています。つまり利己的です。このような人たちの集合体である日本社会において、1億2千万人の人々が毎日食べ物にありつき、生活を営み、それなりに幸せを感じながら生きている。これはなかなか奇跡的ではありませんか? 世界的に見ても日本の経済はとても優秀です。「これだけいい加減なのに、どうしてこの安定的な経済システムが維持できているのか」。この問いに対し、生物進化や複雑系といった自然科学のアイデアを取り入れて解明する研究に取り組んでいます。

学際的な視点で経済を見る進化経済学

——先生が研究されている進化経済学とは?

社会の市場取引は網の目のように張り巡らされていますが、単純なパターンの繰り返しではありません。生物の細胞分裂や神経回路の自己増殖のように、予測不能なパターンで広がっています。私が取り組む「異質的な主体と経済の安定性に関する研究」では、社会を動的なものとして捉えること、そしてパターン化されたシステムの連続として単純化できないことを重要視しています。表面的な変化だけではなく、変化の中で受け継がれていく情報にも着目し、制度や技術、人を理解し、我々の住む社会の現象を説明しようと試みています。

今までの経済学は、ニュートン力学(古典力学)を用いて現象を説明してきました。。しかし現実の経済では、生き物のような突然変異が起こります。ですから、生物進化や複雑系といった自然科学のアイデアを取り入れて経済現象を新たに捉え直そうとしているのです。

——ゼミで取り組む、ゲーミング・シミュレーションとは?

ハーバード大学のビジネススクールでもアナログのビジネスゲームが取り入れられているように、ゲーミング・シミュレーションという手法を用いて社会現象を理解しようとする試みが、さまざまな分野で増えています。コンピュータは人間の振る舞いを再現できませんが、ある意味アナログの体験型ゲームなら人間の思考をシミュレーションできる。つまり、実体験しなくても、ゲームという仮想空間で事前体験や追体験できる点が大きな特徴といえます。ゼミの学生たちには、実際にゲームを作ってもらいます。過去には、過疎化問題対策ゲーム、途上国と先進国の格差を学ぶ貿易ゲーム、ニュータウンの余った土地の活用法について各世代間で合意を形成するゲームを作った学生もいました。

今はまさに、伝統的な経済学を捉え直す時期に差しかかっています。過去の研究の積み重ねだけではなく、前例のない新たな発想が求められているからこそ、難しくも面白い時代といえるでしょう。学部選択で迷っている受験生もいるでしょうか。世の中で起きている貧困や環境の問題、地球規模のさまざまな問題に対して、なぜ?どうして?という問いがあれば、経済学から見えてくる世界があるはずです。

経済学部 経済学科 吉井 哲 教授
【専門分野】理論経済学・経済学史

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