教室を飛び出して 森というのぞき窓から 地域の課題に迫る。
早尻先生は森を切り口に国土開発のあり方を問います。森は木材の生産だけではなく、自然災害を防ぎ、安らぎをもたらすなど複数の機能を備えます。こうした森の多面的価値を地域の発展に結びつけることが、持続可能な社会の実現のカギに。「地域研修」では教室を飛び出し、地域の現実と可能性の両側面を学びます。
キャンパスを飛び出し、生業を肌で感じてほしい。
——地域経済学科の学びの魅力について教えてください。
2・3年次に開講する「地域研修」は地域経済学科の特徴的な科目の一つです。私のゼミでは道内外の農山村を訪問し、地元の方から話を聞くことを通して地域経済の実態を学びます。本学科では地方都市や農山漁村が直面する厳しい現実とその解決策について学ぶことができますが、本学の学生の多くは都会育ちです。授業でいくら人口減少や少子高齢化、基盤産業の衰退について学んでも、地域の現実を知らない学生がそれを感覚として捉えることは難しいものです。
私のゼミでは中川町や寿都町、福島県、鹿児島県など道外と道内を毎年交互に訪問してきました。福島県では原発事故で放射性物質に森が覆われたことにより生業を奪われた原木しいたけの生産者を訪ね、出荷が認められない中でも独自に放射線量を測って生産再開を模索する姿を目の当たりにしました。2泊3日ほどの研修を通して、地域の厳しい現実と、その中で奮闘する人がいるという地域の希望の両面を見られるよう、プログラムを組んでいます。経済学部の研修ではありますが、森に入って散策したり、チェーンソーで木を切ったり、薪を割ったりできるのも早尻ゼミの特徴です(笑)。
本学の学生の多くは将来、北海道の経済および行政の最前線を担っていきます。だからこそ足元の北海道のことをきちんと知ってほしいし、地域の暮らしを感覚として捉えることが大事だと思います。
森の多面的な価値を、地域づくりに生かす。
——先生が森林に注目するのはなぜでしょうか。
日本は国土の3分の2が森林で覆われています。特に北海道は7割が森林です。北海道の開拓は、この広大な森林を切り開くことから始まりました。昔はいくらでも木があったので、それを目当てに製紙・パルプ会社が内地から進出し、林業が活況を呈しました。その後高度成長期を経て、天然林に依存する林業に陰りが見え始めます。木の切り過ぎも一因です。
流れが変わったのは2000年以降。戦後植えられた人工林が成熟して木材の生産量が増えつつあります。また、かつては木材の供給源としか見られていなかった森林が、新たな使われ方をされるようになってきました。例えば人に活力や安らぎをもたらす機能や二酸化炭素を吸収して貯蔵する機能など、森林が持つさまざまな機能に光が当たり、観光収入だけでなく、近年は森林クレジットといった形でも経済的な価値を生んでいます。つまり、林業を軸にしつつも、森を糧にいろいろな稼ぎ方ができる時代になったのです。
現在、人口の減少と都市部への集中が加速し、さまざまな地域問題が生じています。私は、この国の開発政策に森林の価値を積極的に位置づけることが、持続可能な社会を実現する糸口になると考えています。森林というのぞき窓を通して地域の複雑なありようを見つめ、安心して暮らし続けられる地域をどう形づくるのかという課題に迫る。それが私の経済学、開発政策論のテーマです。
——もともとは農学部で林業を専門に研究されていたと聞きます。
はい。前任校では森林科学(林学)の教育研究に携わっていました。北海学園大学に来て経済学というフレームから森を見つめ直したときに、林業は林業のみで成り立つのではなく、農業や漁業、さらにさまざまな地場産業とのつながりの中で成り立っていることに改めて気づきました。そうした私自身が学んできた足跡そのものも、学生の皆さんにはお伝えできたらと思っています。
一つの産業に寄りかかった地域というのは案外脆いものです。企業城下町は、その企業に何かがあれば地域全体が揺らいでしまいます。観光だけに寄りかかってきた地域が、コロナ禍でどれだけ窮地に立たされたかを皆さんもご存じでしょう。林業も同じです、それだけに頼り切ればリスクがあります。地域開発において一本足打法は危険です。林業や農業、水産業、製造業といった多種多様な生活の糧を持つことが地域にとって大事だということを授業ではお話ししています。
——最後に、これから大学生になる皆さんへのメッセージをお願いします。
先ほど、「地域研修」の話をしましたが、たくさんの時間を手にしている学生のうちに、どんどん旅に出てもらいたいですね。見知らぬ土地の人にふれて、食べ物にふれて、見聞を広げてほしい。そのうえで、北海学園大学での学びを通して、「これだけは誰にも負けない」という何かを、一つでも学生の間につかんでもらいたいと願っています。