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23 2022

皆さんの心の裁判所には 誰が座っていますか?

人文学部 佐藤 貴史 教授

「皆さんの心の中には裁判所があります。そこに誰が座っていますか?」。佐藤先生の専門分野は「思想史」。難しそうと思われがちですが、「思想」とは例えるなら「人間、社会をどういうふうに見ているか」ということだといいます。さまざまな例を挙げながら、一人ひとりが自分のこととして人間や社会について考えるきっかけをつくってくれます。

あなたは人間、社会をどう見ているか。

–そもそも「思想」とはどういうものなのでしょう?

皆さんは人間観や世界観というのを必ず持っていて、それをもとに社会や他人、友達と関わっています。普段は意識しないことですし、私だって意識していません。ただ、例えば人間というのは本来は悪い存在だという性悪説みたいな思想や人間観を持っていたら、他者との関わり方が変わってくるでしょうし、そうした思想を持った社会は厳しい法律をおそらくつくるでしょう。逆に、性善説のように人間は悪いこともするかもしれないけれど、基本的には良いことをするんだと考えれば、他者に対する信頼を厚く持つ社会ができると思います。つまり「思想」とは、あなたが人間、社会をどういうふうに見ているかということなんです。また学生たちに、こう話すことがあります。皆さんの心の中には裁判所がある。これは良心ともいいますが、その裁判所には誰が座っていますか、と。伝統的なキリスト教社会では、おそらく神様とか聖書。でも、日本人は神とはあまり言わないでしょう。ある学生は「自分」とはっきり言ったし、「友達」と答えた学生もいました。

–世界的に見ると、宗教的なものに基づいている場合が多い?

そうでしょうね、基本的には。ただ、キリスト教とかユダヤ教、仏教といった大きい伝統的な宗教のほかに、普段は意識しないようなものが日本人の中にもおそらくあります。例えば、サッカーの試合を見てシュートが入るようにと祈る。おそらく祈ることで結果が変わったりはしないけれど、それでも我々は祈ってしまう。現代人にとっての広い意味での宗教的なものなんじゃないかと思います。これらも全部含めて、思想です。だから、なんでもあると言えばなんでもある(笑)。広くなんでも扱うという感じですね。

–先生の研究テーマについて教えてください。

近現代ドイツのユダヤ人の文化を、宗教(ユダヤ教とキリスト教)、哲学、社会思想の関係から研究しています。圧倒的にキリスト教が強いヨーロッパ世界の中で、少数派として生きていかざるを得なかったユダヤ人の思想がどのように生まれたかを明らかにしたいと思っています。今は19世紀をやっていますが、もともとは20世紀のナチスに係る時代を研究していました。今と似ているところもある時代で、古い価値観をぶっ壊そうとした尖った若者たちがいた。父親世代は普通に暮らしていれば豊かになっていったけれど、第一次世界大戦が起きて自分たちは戦場に駆り出され、死ぬかもしれないし大けがをするかもしれない。そこで、自分たちの新しい価値観をつくろうとするんですが、これまでの価値観を壊すのは怖いところもありますよね。その中でユダヤ人は何を考えたのか、と関心を持ったわけです。

–違う時代であっても、現代に共通する面があるものなのでしょうか?

ええ。仮に2000年前のことを研究をしていても、人間観、社会観、いわゆる思想として見たら、今生きている人間や社会と何か通じるものがあるんじゃないか、と思っています。そこが、思想の面白いところなんです。

粘り強く考える訓練を。

–ゼミナールでは、どんなことに取り組めるのですか?

思想やキリスト教文化を学ぶゼミとしていますが、あまり型にはめずに広くヨーロッパ文化やアメリカ文化、現代の思想的課題などについて取り組んでいます。最近では宗教に関わるものやフェミニズム、生命倫理、ヨーロッパの絵画の説明や解釈は宗教的な背景があるので芸術をテーマにした学生もいました。3年次の専門ゼミから卒業研究でやりたいことに関する本を読み、4年次に論文をまとめられるよう段階的に進めていきます。学生は長いものを書く習慣がないので、論文はちょっと大変だと思います。それでも、やればできるんですよ(笑)。びっくりするぐらい優れたものを書く学生もいます。社会に出て、長い書類を書かなければならないこともあるでしょう。そういうときに長いものを書いた経験があると、できるだろうなと自分の中で当てがつく。大学時代に本の読み方や文章の書き方、勉強の仕方みたいなものを身につけておけば、社会に出てから生かせるはずです。

–学生たちに期待しているのは?

あらゆるものには始まりがあるので、何かを身につけ、成し遂げるためにまず始めてほしい。考えすぎずに、最初の一歩を踏み出してほしいと思います。思想分野の関係でいえば、難しいかもしれませんが、抽象的にものを考えることに慣れてほしい。具体的なものや目に見えるものは分かりやすいから、すごく良いものに思うかもしれないけれど、私たちの社会はどんどん複雑になってきていて、目に見えないものによっていろいろな影響を受けます。ですから、抽象的なものを嫌がらずに、粘り強く考える力をつけてほしいと願っています。

–先生には、今まで考えたことのないことを考えるきっかけももらえますね。

考える訓練をしてほしいと思っているのですが、今は時代のスピードが速いので、すぐに分からないことには意味がないという感じが強い。でも思想は、後になって分かるという面があるんですよ。若い時はせっかちだし、目の前のあれこれで忙しい。でも、ちょっと年をとって経験が増えてくると分かることがあるのだなと、卒業生と話しているとよく感じます。「真理は遅れてやって来る」といわれています。

人文学部 佐藤 貴史 教授
[専門分野]思想史  [主な担当科目]キリスト教文化論、ヨーロッパ文化特論Ⅱ

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